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2010年02月11日

鷺ノ森:町の今昔

和歌山市町の今昔今回は鷺ノ森(さぎのもり)です。
鷺森には本願寺鷺森別院(御坊)があり、安土桃山時代に織田信長と和睦し石山本願寺から退去した顕如が滞在し、浄土真宗の本拠地として位置づけられていたが、その後は豊臣秀吉紀州征伐によって急速に衰退し、江戸時代に再興したが第二次世界大戦の和歌山大空襲によって焼失し1948年に再建したが、再び1992年に火災で焼失し、現在の建物は1994年に再建されています。

15~16世紀に活躍した雑賀衆の本拠地であり、毎年孫市まつりが開催されています。

江戸時代の城下町絵図を見ると、周りは東西南北の道路で区切られた城下町ですが、鷺森別院付近だけが異なった街割になっており、城下町より以前に寺内町が形成されていた名残でしたが、戦災と戦後の区画整理によって今の形となりました。

そのためか現在もこの付近の地名は鷺森別院のある鷺ノ森をはじめ鷺ノ森西ノ丁、鷺ノ森新道、鷺ノ森中ノ丁、鷺ノ森明神丁、鷺ノ森東ノ丁、鷺ノ森片町、鷺ノ森堂前丁、鷺ノ森南ノ丁と鷺森別院を中心とした寺内町の名残が地名にも伺えます。

鷺森別院の境内には鷺森幼稚園があり、私はその卒園生でお堂で偉いお坊さんのお話を聞いた記憶があり、当時近所では鷺森別院をごぼうさんと呼んでおりました。

1872年(明治5年)には鷺森本願寺を会場として博覧会が開かれ神社寺院所蔵の宝物や各地の名産が展覧され、6万人の入場者があったそうです。

鷺ノ森南ノ丁には城北小学校があり、いまでも私が使用した教室が残っています。





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Posted by ももじろうパパ at 13:09│Comments(0)町の今昔
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